大阪高等裁判所 昭和39年(ラ)209号 決定 1965年2月06日
抗告人
村山長挙
同
村山於藤
代理人
兼子一
田中治彦
環昌一
西迪雄
三宅一夫
千森和雄
相手方
横田武夫
同
福田勇一郎
同
矢島八洲夫
同
安井桂三郎
相手方補助参加人
株式会社朝日新聞社
相手方ら及び補助参加人代理人
佐生英吉
毛受信雄
山根篤
吉川大二郎
山内誠
主文
一、本件抗告を棄却する。
二、抗告人らの新たな仮処分申請(抗告人ら対株式会社朝日新聞社の訴訟を本案とする分)を却下する。
三、抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
一、抗告の趣旨とその答弁。
(一)抗告人ら代理人らは、「原決定を取り消す。相手方福田勇一郎、同横田武夫について、同相手方らの、大阪市北区中之島三丁目三番地に本店を有する株式会社朝日新聞社の取締役及び代表取締役としての職務の執行を停止する。相手方矢島八洲夫、同安井桂三郎について、同相手方らの、右株式会社朝日新聞社の取締役としての職務の執行を停止する。申請費用は、原審、抗告審とも相手方らの負担とする」との裁判を求め、相手方ら及び相手方補助参加人代理人らは主文第一、三項同旨の裁判を求めた。
二、抗告の理由とそれに対する反駁。
(一) 抗告人ら代理人らは、抗告の理由として次のとおり主張した。
(1) 本案訴訟について。
抗告人らは、昭和三九年一二月二日相手方ら及び相手方補助参加人株式会社朝日新聞社(以下単に会社という)を被告として、原裁判所に本件仮処分の本案訴訟として、相手方らの取締役資格不存在確認の訴を提起した。本案の被告に会社を加えたので、本件仮処分の被申請人とその範囲が一致しないことになるが、商法二七〇条の仮処分におけると同様、本件仮処分の場合にも、資格の有無が問題になつている取締役だけをその相手方にすれば足りると考える。なお、右本案訴訟の提起は、抗告人村山於藤は株主の共益権、同村山長挙は、株主の共益権によるほか、会社機関である取締役の資格にもとづくものである。
(2) 本件仮処分の趣旨について。
本件仮処分の趣旨は、相手方らに取締役としての職務の執行を行なつてはならないという不作為義務を負わせることではなく、会社や第三者との関係においても職務執行権を停止するという仮の地位を定める仮処分だけを求めるものでこの種仮処分には商法二七〇条が類推適用されると解すべきである。すなわち、同条は、形式上株主総会の決議の取消しまたは無効確認の訴が提起される場合について適用があるにすぎないが、実質的に考察すると、会社の機関である取締役の権限を制約する場合を組織法的に明確にしようとすることを狙いとするものであり、したがつて、同条の規定は、株主総会決議不存在確認の訴に類推適用されるほか、本件のように、その取締役の資格の存否が、直接株主総会の決議のかしまたは存否と関連していない場合にも類推適用されるのである。そのことは、かえつて、有効な選任決議があつたにしても、その後その決議にもとづく就任要請が確定的に拒絶された以上、その後においては、選任決議不存在に帰するから、取締役を僣称する者を相手どつて法律関係を確定せんとする点では、株主総会決議不存在確認の訴と全く同様の性格と実質を有するもので、ただ後者の訴におけるように、具体的に特定して指弾すべき総会が存在しない点に、差異があるにすぎないことから考え明らかである。
仮に商法二七〇条の類推適用がなく、仮処分について登記記入の手続が認められない場合であつても、本件仮処分は民訴法七六〇条の仮処分として、十分意味がある。すなわち、その職務執行停止命令によつて、会社をのぞく相手方らは、当事者として、直接その効力を受けるし、会社は、相手方らが会社の機関である地位にかんがみ、当然右仮処分命令の反射効を受け、相手方らを適法な機関として取り扱うことができない結果になるのである。
(3) 抗告人らの本件仮処分申請の適格について。
抗告人村山長挙は、会社の株主および取締役としての地位にもとづき、同村山於藤は会社の株主としての地位にもとづいて本件仮処分を申請する。
社団法人の機関が適法な資格のある役員によつて構成されていることは、その法人の組織及び活動上の基本的事項であり、その構成員である社員も、これについて重大な関心を抱くことは当然である。又役員は、その仲間中に資格に疑いのある者があるとき、これを排除するのが法人に対する職責でもある。したがつて、株式会社においても、株主及び取締役は、会社の業務が違法な代表取締役によつて執行され、また取締役会に資格のない者が関与することを阻止するため、訴訟上の手段をとりうる共益的な権能があるといわなければならない。いわば、この種の訴訟は、会社内部における機関的訴訟の性格をもつ、商法の規定する株主総会の取締役選任決議の取消し、無効確認や役員解任請求の訴は、一応有効に存続する法律状態の変更を求める形成訴訟であるため、特にその干渉権能を有する出訴権者を明示しているが、当初から資格を欠くことを理由とする役員の資格存否確認の訴を本案とする場合は、必ずしも、これと同日に論じなければならない必要をみない。
(4) 相手方ら提出の「辞任願」について。
株式会社とその取締役間の法律関係は、委任または準委任である(商法二五四条三項)。したがつて、在任中の取締役は、会社の承諾をうるまでもなく、一方的に会社に対し委任関係の解消を告知することができる(民法六五一条)し、また株主総会において取締役として選任されたものは、当然受諾すると否との選択権を行使することができるから、株主総会の決議にもとづく取締役就任の申出でを受諾しない旨の意思表示を、一方的に表示することができる。すなわち、在任中の取締役が辞任する場合であると、取締役として選任された者が就任を拒絶する場合であるとを問わず、会社の承諾をまつまでもなく、一方的になされた意思表示が受領権限のある代表取締役に到達したとき、直ちに確定的な効力を生ずる。
本件において、相手方横田武夫、矢島八洲夫、安井桂三郎(以下単に相手方横田、矢島、安井の三名という)は、昭和三八年十二月二四日及び二五日取締役就任拒絶の、相手方福田勇一郎は、同月二五日取締役辞任の各意思表示をするため、当時の会社の代表取締役である抗告人村山長挙に、「辞任願」と題する書面を提出した。これによつて、相手方横田、矢島、安井の三名は取締役として就任しない旨の意思表示を、相手方福田勇一郎は取締役を辞任する旨の意思表示をそれぞれ確定的に表示したのであるから、これらの意思表示は、即時確定的にその意思表示にそう効力が生じた、そこで、会社は、これに伴なう所要の登記手続をすませた。したがつて、会社が昭和三九年一月二〇日の取締総会でした、相手方横田、矢島、安井の三名の取締役就任辞退及び、相手方福田勇一郎の辞任をいずれも不承認とする旨の決議は、なんらの効力を有するものではない。
もつとも、抗告人村山長挙は、右相手方らの「辞任願」の提出を受けながら、極力慰留に努めたが、このことは、「辞任願」の提出によつて確定的にその効力が生じたことと矛盾しない。すなわち、株主総会で取締役に選任されたものが、就任を拒絶したり、任期中の取締役が辞意を表明したりしたとき、それに相当の理由が明らかにある場合は格別、本件のように理由が明確でなかつたり、あるいは、納得のいかないものであるときには、その真意を確かめるとか、慰留することは、一般の常例であり、抗告人村山長挙も、それに従つて相手方らを慰留したにすぎない。このようにして、慰留に応じたり、真意でないことが確信できれば、その手続を進める必要がないし、それが真意であることが判れば、辞表提出のときにさかのぼつて手続を進めることになるが、本件は後者の場合に属する。
相手方らは、右「辞任願」の提出は、抗告人村山長挙の反省と事態の収拾を求めて行なつたもので、従来の慣行にしたがつて、会社の取締役にその受理をまかせたものであるというが、会社にそのような慣行はないし、仮に存在していても、相手方らには、これにしたがう意思はなかつたのである。また、取締役会規定八条八号、九号が取締役会の決議事項として定めている「重要な人事に関する事項その他重要な事項」には、取締役の就退任は含まれない。けだし、取締役の就任諾否の関係、辞任もすべて商法二五四条が組織法として定立するところであり、取締役会規定がこれに反する定めをしたものとは解されないからである。なお、相手方横田、矢島、安井の三名の「辞任願」について、相手方らは取締役会の「辞任願」受理決定を条件とする就任拒絶の意思表示であるとの法的構成をとつているが、就任は無条件であることを要し、条件付の就任は、就任拒絶とみなされることは、一般理論から当然のことであり(民法五二八条)、右にいうところの「取締役会の「辞任願」受理決定を条件とする就任拒絶の意思表示」という理論構成は、要するに、「取締役会の受理を解除条件とする就任承諾」とその撥を一にし、無条件で選任決議を受諾する意思のないことを明らかにしたものであつて、法律上拒絶の意思を即時確定的に表示したものといわなければならない。
以上の次第で、相手方らは、確定的に取締役に就任しない旨の意思表示、あるいは、取締役を辞任する旨の意思表示をしながら、その後、抗告人村山長挙が会社の代表取締役を解任されると、翻意復帰を企て、勝手に会社の取締役と称して、その旨の登記を経由し、現にその業務の執行をしているもので、このことは、明らかに違法である。
(5) 本件仮処分の必要性について
本件仮処分について、商法二七〇条の類推適用を肯定すべき以上、保全の必要性は本案訴訟係属後であるかぎり、被保全権利の存在を中心におき、これに関する本案の帰すうを考慮して判断すべきであり、民訴法七六〇条が規定するような要件を必要としないのである。このことは、この種仮処分は、財産上の権利の保全を目的とする場合と異なり、社団の構成員または機関として有する共益的権能ないし責務を基礎にしてなされる保全処分であるという特殊な性格に照らして首肯できるところである。
仮に本件に商法二七〇条の類推適用がなく、民訴法七六〇条の適用があるとしても、右の趣旨は、当該仮処分の特殊的性格として、この場合にも当然考慮されるべきである。そうであるから、本件仮処分の必要性は、取締役の資格のない者が、会社業務の執行に関与しているということで足りるものといわなければならない。本件仮処分の本案は、株主または取締役たる地位にもとづく機関訴訟である以上、現状を放置することにより、抗告人らが、どんな切迫した危険又は損害を受けるかというような個人的利益は問題にならない。むしろ、取締役の資格のない者が関与する取締役会の決議は違法であり、殊に、代表取締役の資格を欠く者の業務執行は当然無効なはずであるから、一日も早く、このような事態を排除し、無用の混乱を避けなければならないことは、会社としても、株主としても当然である。
(二) 相手方ら及び相手方補助参加人代理人らは、右抗告理由に対し、次のとおり主張した。
(1) 本件仮処分は、民訴法七六〇条の仮処分であつて、商法二七〇条の仮処分ではない。すなわち商法二七〇条の仮処分の本案は、株主総会の取締役選任決議の無効、取消訴訟と解任請求訴訟に限定されているところ、本件仮処分の本案訴訟は、単に相手方らの代表取締役または取締役たる資格不存在確認の訴にほかならない。相手方横田、矢島、安井の三名を選んだ株主総会決議のかしを原因とする無効確認、取消しの訴ではない、そうすると、商法二七〇条を本件仮処分に類推適用する余地はない。
(2) 本件仮処分に同条の類推適用があるとしても、なお、その許容のためには、民訴法七六〇条の仮処分たる性質を失わないから、同条が要求する仮処分の必要性を具備しなければならない。
抗告人らは、取締役の資格のない者が会社業務の執行に関与していることだけで足りると主張しているが、この見解は、本案訴訟までに僣称取締役のした職務行為は無効となるという誤つた考え方と、無縁のものによる会社の全人格的活動自体が会社に回復できない損害を与える虞れがあるという独断に立つ謬論である。とくに本件の取締役は、無縁の第三者ではなく、ただ、その選任の効力などに争いがあり、その終局的解決が後日の本案訴訟の確定判決にかかつているだけであるから、それまでに、会社の運営が円滑に行なわれる状況にある限り、本案勝訴と同様の法律状態を事前に形成するという強力な仮処分(いわゆる断処の仮処分)を許すことは、商法二七〇条の仮処分も民訴法の仮処分と同様、本案訴訟と併立的独立的構造をとつていることと矛盾衝突し正当でない。
(3) 民訴法七六〇条の仮処分には、「著しき損害を避け若くは急迫なる強暴を防ぐ為め又は其の他の理由に因り之を必要とするとき」とがあるが、本件のような取締役の職務執行停止の仮処分の許されるためには、被保全権利(取締役たる地位の不存在)の一応の存在が疎明されるほか、本案の解決をまつていたのでは、問題の代表取締役または取締役をして、その職務を継続して行なわせる結果、会社に著しい損害を招来するという具体的な危険のあることが疎明されなければならない。そして、このような著しい損害発生の危険は、具体的には、当該取締役の不正行為もしくはその他諸般の事情たとえば、企業遂行能力の欠如、銀行などの金融機関に対する信用度の欠如などによつて、顕現されるのであつて、本件では、そのような危険性は全くなく仮処分の必要性を欠くものである。
(4) 「辞任願」について。
相手方横田、矢島、安井の三名は、抗告人村山長挙の重大な背信行為を不満とし、このままでは永年勤めてきた会社の取締役の地位を退くほかないと考え、取締役会に対し、同抗告人の責任追及と事態の収拾を促すため、「辞任願」を会社に提出したもので、これを契機に、取締役が、同抗告人の責任を追及し、事態の収拾をはかることを希求し、もし取締役がこの辞任願を受理すると極めれば、それに従つて取締役に就任しないという意思でこれを提出した。相手方福田勇一郎の「辞任願」も同趣旨である。したがつて、相手方らの提出した「辞任願」は会社の取締役会の辞任願受理決定を条件とする取締役就任拒絶並びに取締役辞任の意思表示であり、会社の取締役会が右の受理決定をするまでは、拒絶又は辞任の効果は発生しない。右の意思表示は、会社の取締役規定八条八号、九号と会社の慣行を前提としてなされたものである。そして、この規定や慣行は、当該取締役、または取締役としての被選任者の意思を無視し、取締役の就任を取締役会の決定によつて定めようとするものではないから、何ら商法の規定に反しないし、また民法五二八条のような規定は、一般の取引行為に属しない本件の場合には、全く適用の余地がない。そのうえ、相手方らが、「辞任願」を会社に提出した際、その理由や、目的を、抗告人村山長挙をはじめとし、他の会社取締役らも、十分諒知し、その後開かれた取締役会で、右「辞任願」の受理について協議を重ねているのであつて、会社は勿論のこと、同抗告人も、右「辞任願」が即時確定的に、取締役就任拒絶または辞任の効力が発生したものとは考えていない。そのことは、同抗告人が、右「辞任願」が提出された十数日後に、相手方らに対し「辞任願」受理通告をしていることや、同抗告人がその間極力相手方らを慰留していることによつて裏書される。
三、当裁判所の判断。
(一) 本案訴訟の性格について。
係争物に関する仮処分は勿論のこと、仮の地位を定める仮処分も、本案訴訟の対象である被保全権利の保全を目的とするものであるから、本案訴訟に附随し、本案訴訟の性格によつて、その内容、効力が決定されるべきものである。
そこで、抗告人らが、原裁判所に提起した本件仮処分の本案である、相手方らあるいは、会社に対する取締役資格不存在確認訴訟の性格について考察する。
抗告人らは、右本案は、株主は、共益権にもとづき、取締役は会社機関として、他の取締役と称する者の資格を争う点で機関訴訟の一種に属し、取締役選任の株主総会の決議取消し、無効確認、不存在確認訴訟とその範疇を同じくすると主張しているが、株主または取締役が、共益権または会社機関としての資格にもとづくにせよ、司法救済手段によつて、直接会社の組織運営に支配介入できる権限は、法律にその旨の規定があれば格別一般的には、当然認められているわけではない。なぜならば、商法は、株式会社の運営について、株主は株主総会、取締役は取締役会を通じて、これに関与することを本則としており、その組織運営が正常でないため、株主、取締役に直接的な是正手段を認める必要があるときは、法は逐一明文をもつて、これを定め、それに必要な出訴方法についても、機関訴訟的な特質を考慮し、出訴権者、出訴手続、判決の効力(画一性の要請のあるものについては対世効)などを明定しているのである(たとえば、会社の設立無効(商法一三六条)、合併無効(同法一〇四条)、新株発行無効(同法二八〇条の一五)、株主総会決議取消し、無効(同法二四七条、二五二条)、取締役の解任(同法二五七条)、株主の代表訴訟(同法二六七条)差止訴訟(同法二七二条))。このことは、法が会社の組織運営について、取締役株主に対し、広く一般的に直接的な支配介入を認めることが適当でないとし、これを認める場合を限定するとともに、それに必要な出訴方法、手続について特別の配慮をしたことを物語るものである。したがつて、株式会社の組織運営が正常でないときでも、法が特に定めた場合のほかは、会社内部の自主的解決に委ねる趣旨であるといわなければならない。抗告人ら主張の、株主総会決議取消し、無効確認の訴は、前にみたように商法にその旨の明文があることから是認されるし、株主総会決議不存在確認の訴は、決議の表見的存在を除去するためその効力のないことを確定する点で、決議無効確認の訴に近似し、これに準ずべきものであることから是認されるのである。そうすると、株主総会の決議そのものに本来の効力がないことを主張して争う場合でなければ、これらの訴と同様の性格をもつものといえないのは当然であつて、株主総会の取締役選任決議の効力とは無関係に、いな、むしろこれを有効としながら、その後の段階で被選任者が会社の就任申入れを拒絶したこと、あるいは在任中の取締役が辞任したことを理由に、それら取締役らの資格不存在確認を求める訴は、実体法上、専ら民法の委任の規定によつて律せられるべき分野に属し(商法二五四条三項)、株主総会の決議の取消し、無効、あるいは不存在確認の訴と全くその性格を異にしているから、後者の訴について定められている当事者適格ないし確認の利益、判決の対世的効力などに関する規定(商法二四七条二五二条)は、前者の訴に準用ないし類推適用される余地は全くなく、したがつて、前者の訴が訴されるかどうか、許されるとした場合の当事者適格、判決の効力などは、民訴法上の確認訴訟一般の理論によつて決すべきであると解するのが相当である。
抗告人らは、株主総会の取締役選任決議にもとづく就任要請が確定的に拒絶されたときには、以後同選任決議が不存在に帰するという理由で、取締役資格不存在確認の訴は、株主総会決議不存在確認の訴と同様の性格、実質を有していると主張しているが、取締役を選任した当該株主総会の決議自体には何らのかしがなく有効であつても、被選任者がその就任を拒絶すれば、その取締役を選任する旨の決議が失効するのは当然であり、この失効を理由に、株主総会の決議の無効ないし不存在確認の訴を提起することができないのは勿論である。そうして、本件は、右失効の前段階ともいうべき、取締役就任拒否の有無すなわち確定的な取締役就任拒絶の意思表示があつたのかどうか、という委任関係の成否、あるいは、取締役辞任の有無にもとづく委任関係の存否が争われているのであつて、またその点の解明で足りる事案であるから、株主総会決議不存在確認の訴と同一視できないことに変りはない。したがつて、抗告人らのこの主張は採用に由ない。
ところで、民訴法上、他人間の法律関係であつても、相手方との関係で確認を求める利益があるときには、確認の訴を提起することが許されるから、本件において、相手方らと会社間の委任にもとづく取締役としての資格の存否についても、抗告人らが、相手方あるいは会社との間でこれを確定する利益がある限り、その確認を求める訴が許されるわけである。しかし、その判決の効力の及ぶ範囲は、民訴法にしたがつて当事者、承継人など特定のものに限定される(民訴法二〇一条)から、抗告人らが相手方らを被告とした訴訟の判決の効力は、会社に及ばないし、逆に、会社を相手どつた訴訟の判決の効力は、――相手方らの取締役資格の存否確定という問題について、相手方らは、会社の機関というよりも第三者的な立場にある関係上――相手方らに及ばないし、判決の反射効その他の附随効についても同様である(もつとも、会社対相手方らの判決であれば、その後の利害関係人に対する反射効が問題になるとしても、本件には関係がないから論外とする。)。したがつて、相手方らを被告とする訴訟と、会社を被告とする訴訟との間には、合一確定の要請は働かず、単なる普通の共同訴訟であり、まして、相手方らと会社との間において、合一確定の要請される三面訴訟のような関係は全くない。会社取締役の資格存否は画一性の要請される組織法上の問題であるから、本件のような訴訟の判決についても、対世的効力を認むべきであるというが如きは、前記機関訴訟を一般に認めることと関連する立法論である。
(二) 普道の共同訴訟を本案に予定する場合の仮処分事件の個数について。
本件の本案は、さきに説示したとおり民訴法上の一般の確認訴訟であつて、これを保全する仮処分事件には、商法二七〇条が適用もしくは準用ないし類推適用される余地は全くなく、専ら民訴法七六〇条による一般の仮処分事件であることはいうまでもない。したがつて、本案が複数の当事者からなる普通の共同訴訟であれば、これに附随する仮処分事件も、その必要性に応じ複数となるのは勿論であつて、仮処分申請の趣旨が文言上すべて同一であつても、仮処分事件としては、それぞれ別個であると解するのが相当である。もつとも、一つの本案請求についてなされた仮処分が、請求の基礎を同じくする限り、他の本案請求についても、保全的効力を有するものと解されており、この解釈が仮に正しいとしても、当事者の異なる場合にまで拡張することが許されないのは当然である。したがつて、仮処分事件の予定する本案訴訟について、当事者の追加変更があり(当事者の追加変更は通常本案訴訟提起前である)、この新請求を保全する必要があれば、仮処分事件の追加的変更が必要となり、その許否が問題となるのは勿論である。けだし、訴訟物(被保全権利)を一つとする必要的共同訴訟をのぞき、普通の共同訴訟ではそれぞれの本案請求を共同的に保全する一つの仮処分は考えられないからである。
(三) 本件の本案訴訟の被告に会社を加えたことと本件仮処分事件との関係について。
抗告人らは、当初相手方らだけを被告とする本案訴訟を予定して本件仮処分申請をしたので、原審は、その趣旨の仮処分事件として審理、判断した。しかし、抗告人は、本件抗告後、予定の本案訴訟の被告に会社を加えて原審に提訴した。したがつて、さきに説示したとおり、会社を被告とする本案請求についても、新たに従来と同一内容の仮処分申請をしたものというべく、ここに本件仮処分事件の追加的変更がなされたと解するのが相当である。
(四) 会社を被告とする本案請求保全の仮処分の被申請人適格について。
さて、右のように解するとき、会社を被告とする本案請求保全の仮処分において、本案訴訟の被告でない相手方らを被申請人とすることができるかどうかが問題になるが、抗告人らは、商法二七〇条の仮処分におけると同様、取締役と称する相手方らだけを被申請人とすることも適法であると主張している。しかし、本件について、商法二七〇条の適用は勿論のこと、その準用ないし類推適用の余地がないことはさきに説示したとおりであるばかりか、商法二七〇条による取締役選任の株主総会決議取消し、無効確認訴訟の仮処分において、本案訴訟の当事者である会社でない当該取締役を被申請人にすることができるわけを考究すると、本件仮処分申請(会社を被告とする本案請求を保全するもの)が、その被申請人適格を欠くわけが一段と明瞭になる。すなわち、取締役選任の株主総会決議取消し無効または不存在確認の本案判決が確定すると、その効力は第三者にも及ぶ結果、当該取締役も当事者である会社と同様判決の効力による規制を受け、取締役の資格ないし権限は当然失われるし、業務執行の活動面からも自ら排除されるという状態が作り出されるわけである。したがつて、商法二七〇条による仮の地位を定める仮処分は、これらの効果の全部または一部を、保全の目的に適した態様に形成して端的直截的に、その実現を命ずるのであるから、これによつて直接影響を受ける当該取締役を被申請人とすることが、確実なる実現を期する上において便宜であるわけである。そうしてみると、本案訴訟の当事者以外の者を仮処分の被申請人とすることができる主な根拠は、本案訴訟の判決の効力(反射効ないし要件効を含む)が、仮処分の被申請人にも及び、そのものが判決の効力によつて当然規制される点にあるといわなければならない。したがつて、本件のように、会社の受けた本案訴訟の判決の効力に対世効がなく、その効力が相手方らに及ばず、相手方らが、これによつて何ら規制されない場合であつてみれば、抗告人らは、会社を被告とする本案請求保全の仮処分に、相手方らを被申請人として、仮の地位を定めることができないのは当然であり、相手方らは、右仮処分の被申請人適格を欠くものといわなければならない。
(五) 本件仮処分について対世的仮処分が許されるか。
抗告人らは、本件仮処分(相手方らを被告とする本案請求を保全するもの)において、商法二七〇条を根拠に対世的な職務執行停止の仮処分だけを求める趣旨であると主張しているが、本件仮処分について、商法二七〇条の適用は勿論のこと準用ないし類推適用のないことはさきに説示したとおりである。仮の地位を定める仮処分において、対世的な仮処分が許されるのは、商法二七〇条が規定している株主総会決議取消し、無効確認訴訟、あるいはこれに準ずべき株主総会決議不存在確認訴訟のように、本案判決の効力が第三者に及ぶか、あるいは反射効、要件効などの附随効が第三者に及んで、第三者もその判決によつて当然規制される場合に限定されるべきである(このことは、前説示のとおり、第三者が仮処分の被申請人となりうるかという点と一部共通する問題である)。したがつて、画一性の要請上、対世的な仮処分でなければならないとか、あるいは、そうでなければ保全の目的が達せられないというだけでは足らないとしなければならない。けだし、前説示のとおり、仮の地位を定める仮処分は、本案判決によつて規制され、あるいは実現される諸効果を、保全に必要な限度で、その目的に適した態様に形成して、その実現を命ずるのであるから、本案判決によつて実現される諸効果が相対的なものであれば、仮処分によつて形成される仮の地位も相対的なものでなければならないのは、理の当然であり、本案判決の効力を度外視し、この種の仮処分だけを、非訟的なものであるとして、対世効をもつ仮処分が一般的に許されるものとするのは失当である。仮処分は、元来形成的な性質のものであるから、保全目的達成のため、あるいは、画一性の要請のため、必要があれば第三者に効力ないし反射効の及ぶ内容の仮処分方法を定めることができるが、そのことと、特定の本案訴訟を前提とする仮処分について、右のような仮処分をすることが許されるか、どうかということとは、別個の問題であつて、後者については、仮処分は本案請求の範囲内でなければならないという制約を受けるのである。実際的にみても、今直ちに確定判決が得られる場合、あるいは、すでに確定判決を得ている場合には、仮処分の必要性がないため、仮処分は許されないわけで、権利者は判決の相対的効力による保護しか受けられないのに、確定判決を得るのに相当の日時が必要であることから、仮処分の方法によると、対世的効力のある仮処分が得られ、仮定的であるにせよ、これによつて権利者がより以上に保護されるというのは、本末顛倒といわなければならない。
ところで、本件において、抗告人らの相手方らに対する本案訴訟で、抗告人らが勝訴の確定判決をえたところで、その判決には対世効力がないのであるから、その判決の効力は抗告人らと相手方ら間にとどまり、抗告人らと他の会社関係人、会社と相手方らとの間では、何らの効力も生じないわけで、相手方らと会社あるいは他の取締役などの会社関係人との間では、互に取締役の資格の存在を主張することができることは勿論である。したがつて、右確定判決の既判力によつて相手方らの取締役の資格ないし権限が対世的に当然失われることにならないし、既判力による確認の予防的ないし排除的機能も、これにかかわりあいをもつ会社その他の関係人(他の取締役など)があることによつて制約されて、相手方らの職務活動が当然排除されることにならないのである。したがつて、右のような本案訴訟を前提とする限り、相手方らの職務権限を制限するとともに、その職務活動の停止を命じ、これに違背した法律行為の効力を失わしめるような対世的効力のある仮処分が許されないのはもとよりであつて、本案訴訟の判決の効力、ないしは、それによつて実現される権利の内容が薄弱であれば、仮処分の効力も微弱なものにならざるを得ないのは当然である。
そうすると、抗告らが主張する本案訴訟の対象である、被保全権利を前提とする限り、抗告人らの求める本件仮処分は保全の目的を越えるものといわなければならない。
(六) 本件仮処分の必要性について。
前に説示したとおり、本件の本案訴訟は、普通の確認訴訟であつて、株主総会決議の取消し、無効確認訴訟のような機関訴訟と類を異にするから、本訴の確認の利益ならびにそれを本案とする仮処分の必要性を判断するには、会社全般の利益よりも、株主あるいは取締役員である抗告人らの個人的利益に主眼がおかれなければならないと解するのが相当である。したがつて、本訴の確認の利益は、しばらくおき、さらに高度の必要性と緊急性を要件とする本件仮処分の必要性については、抗告人らが主張するように、単に取締役の資格を欠く者が会社業務に関与していることだけで、直ちに、その要件が満されるとは、とうてい解されない。
もし、取締役の資格のない者が、会社を運営したため、会社が経営不振に陥り、あるいは、破綻に瀕するなど著しい損害を受け、そのため、株主または株主兼取締役員である抗告人らも、株価、利益配当の低下、または、取締役責任の負担などにより、著しい損害を被るおそれがある場合には、仮処分の必要性が考えられないことはないが、弁論の全趣旨によつて明らかなとおり、本件の相手方らは、いずれも、株主総会の適法な決議によつて選任されたものであり、ただ、右選任にもとづく就任の申入れを拒絶したかどうか、あるいは、就任した取締役が任務を辞任したかどうかについて紛争を生じたものであるし、また、相手方らは、従来会社の取締役として業務の執行に関与した経験者であり、取締役として人格識見に欠けるところがないことは、原審での抗告人村山長挙の審尋の結果や、同抗告人の昭和三九年六月付上申書に照らして疎明できるのであるから、相手方らが依然として、会社の業務執行に関与することにより、会社経営の破綻、その他著しい損害を招き、よつて抗告人らにも、著しい損害を及ぼすおそれは全く考えられない。この点について、抗告人らは、取締役の資格を欠く者によつて構成された取締役会の決議は違法であり、取締役の資格を欠く会社代表者の行為は無効であつて、このような非合理的活動により会社の信用を失墜するおそれがある旨敷衍主張するが、取締役会の決議が違法、無効であつても、会社代表者のなす会社外部との営業上の取引行為が、当然無効となるわけではないし、また、会社代表者が代表権限を欠くことになつても、これと法律行為をした相手方の多くは、善意無過失の故をもつて保護されうるのであるから、取締役員の一部に取締役資格を欠くものがあるからといつて、そのために会社の信用を著しく失墜し、ひいて、抗告人らが著しい損害を被るおそれがあるとは考えられない。
結局本件は、本案判決の確定をまつていても、権利の実現がおそきに失するという危険はなく、民訴法七六〇条に定める仮処分の必要性について疎明を欠くものといわなければならない。
(七) むすび。
以上の次第で、本件仮処分申請のうち、旧本案訴訟(被告を本件の相手方らにする分)を前提とする申請は、保全の目的を越える点においても、仮処分の必要性を欠く点においても失当であり、新本案訴訟(被告を会社にする分)を前提とする申請は、被申請人適格を欠く点において失当である。そうしてみると、前者の申請については、これを理由がないものとして却下した原決定は、結局相当であるから本件抗告を棄却し、後者の申請については、不適法として却下するほかない。
そこで、民訴法四一四条三八四条八九条九三条を適用して主文のとおり決定する。(金田宇佐夫 日高敏夫 古崎慶長)